2011年08月17日

産経抄がネタ過ぎて爆笑

今年も敗戦記念日(VJ DAY/光復節)が過ぎてしまいました。俺は前日コミケに行きそびれて腑抜けてたんですが。

さて、8月の産経といえばやたらと電波を飛ばしまくることで一部愛読者に好評を博していますが、愛読者の端くれを自認する俺をもってしてもこの展開は読めなかった、というのが8月7日と9日の「産経抄」による合わせ技でした。まず7日から。

戦後、日本文化が深刻な危機に直面したことがある。当時、支配していた連合国軍総司令部の民間情報教育局(CIE)が、日本語のローマ字化を企図したのだ。漢字は習得が難しいから日本人の教育程度は低い。このため戦前、軍部の独走を許したのだという。
乱暴至極の理由だったが、日本人にも賛同者がいた。小学校で算数をローマ字で教える「実験」も行われた。しかし文部省の教育研修所が日本語の読み書き能力の調査をしたところ、過半数が90点満点で80点以上だった。心配ご無用となりCIEも断念したのだ。

昔そんなことがあったんだよ、という蘊蓄話です。特におかしなところも無いようですから事実なんだろうと思います。もっともここから急転直下でおかしくなるのが産経抄の醍醐味ですけど。

だが実際に「脱漢字」や「脱ひらがな」が実現していたらと考えるとゾッとする。大多数の日本人が「古事記」も「源氏物語」も「坊っちゃん」も読めなくなっているに違いない。便利な点はあっても、文化や歴史は完全に断絶の目にあっていただろうからだ。

日本にいる人間の多くは、脱漢字していなくても「古事記」「源氏物語」は読めないんじゃないかなぁ。楷書に親しんだ我々現代人には、当て字のオンパレードで書かれた「古事記」は言うに及ばず、字を崩しまくった毛筆書きの「源氏物語」の写本すら読めません。「坊ちゃん」はさすがに楷書体で活版印刷ですが、それでも旧字がバシバシ出てくる明治時代ver.だとハードルの高さを感じますね(旧字を多少知ってれば当て推量で読めるかもしれませんが)。現代日本語が不自由な産経新聞の中の人ごときが「坊ちゃん」の初版本をスラスラ読めるとは信じがたいにもほどがあります。

そんな感じでウォーミングアップ代わりの突っ込みを入れていたら、いきなり次の段落で頓狂なことを言い出しました。ついて行くのも一苦労ですが、これだから産経抄ファンクラブはやめられません。

菅直人首相の思いつきによる「脱原発」にも似たようなところがある。ローマ字化と同様に一見、時代を先取りしているかに見える。だが唐突に原発を廃止していけば、エネルギー不足に陥り、産業や経済に深刻な打撃を与えることは明白である。

これまでの国の有り様では立ちゆかなくなり否応なしに変革が求められているんだから「脱漢字」が「脱原発」に対応するんじゃなくて「敗戦」が「福島第一原発事故」に、「GHQによる民主化」が「脱原発」に対応していると考える方が適切じゃないかな。

そればかりではない。原子炉の製造や運転管理の面で世界の最高水準にあるとされる日本の技術が継承されなくなる恐れがある。原発を動かさなくなれば、宝の持ちぐされになる。大学でも企業でも、優秀な人材が新たに原子力工学を学ぼうとはしないだろう。

この期に及んで「世界の最高水準」とかマジあり得ないんですけどと全力でツッコミを入れるところです。もともとスリーマイルにチェルノブイリにもんじゅナトリウム漏れにバケツウランの臨界事故にと、事故がある度に原子力関係を志す人は減ってたんじゃないかと感じますけどね。私が卒業した某エスカレーターな私立大学にも原子力工学科がありましたが、高校の時分の成績が残念な内部進学者の掃き溜めと化していたような記憶があります(俺の卒業した学科は特に大事故もないのに原子力といい勝負でしたがorz)。

「脱原発」でも、何年か後には「やはり原発が必要」となるかもしれない。だがそのときもう技術がさびついていたらどうするのか。日本語やエネルギーなど国の根幹に関わる政策を思いつきで決めるほど愚策はない。

敗戦直後に産経新聞があったら「帝国主義も必要になるかもしれない。だがそのときもう教科書が墨だらけだったらどうするのか。教育という国の根幹に関わる政策を戦勝国の言いなりで決めるほど愚策はない」と社説を書いてGHQに睨まれていたんでしょうかね(嘲

ひとまず7日分のツッコミは終了です。このクオリティの産経抄はごく普通なので特に気にすることもなく「また電波飛ばしてやがるw」と流していたんですが、そのときの俺には二日後に襲い来る超展開など知る由もなかったのでした。というわけで引き続き9日の産経抄へとなだれ込みます。

京都をひいきにする文化人を挙げればきりがないけれど、昨年亡くなった文化人類学者の梅棹忠夫の思い入れは尋常ではなかった。生粋の京都人である梅棹は「今でも日本の首都は京都」と公言していたほどだ。

この後は故・梅棹忠夫先生の「思い入れ」を枕にして五山の送り火で陸前高田の松がどうのという話に持って行き、締めはこんな感じです。

盆の大文字の送り火は、室町時代から続く宗教行事だという。おびただしい観光客が訪れる、近年の大文字のあり方に批判的だった梅棹なら、今回の騒動をどのように断じただろうか。聞いてみたかった。

梅棹忠夫先生ってあれですよね、サヨク出版社の岩波書店から出した「知的生産の技術」がベストセラーになった……ってちょっと待った、梅棹先生は京都を愛する文化人類学者であると同時に公益社団法人 国際日本語学会日本ローマ字会」の会長もつとめたガチな脱漢字論者なんですけど?10年以上も前に読んだ本なので記憶がおぼろげですが「知的生産の技術」には「手で書くよりタイプライタでタイプした方が速いじゃん→タイプライタは英語しか打てないよ(かなタイプライタもありましたけど)→じゃ漢字仮名交じり止めてローマ字で書けばよくね?」という趣旨のすごい脱漢字論が書いてあったんじゃなかったかな。産経抄の中の人はネタ合わせとかしないんでしょうか?

脱漢字に積極的だった梅棹先生なら、脱原発は脱漢字と同じだからイクナイなどと妄言を連ねる産経抄をどう断じたでしょうか。聞いてみたかったですね(嘲

posted by あぐりこら at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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