2009年10月04日

【断】宮武外骨 悪人の死屍には鞭(むちう)て

「死屍に鞭つなかれ」とは、例の偽道学者の言である。その人の生前にはテキパキと言いえないで、死後に悪罵する卑怯者は例外として、いやしくも非難すべき点があるのならば、その人の生前と死後との別なく、ビシビシと痛撃を加うべしである。

「彼は悪い奴であったが、モー死んだのだから憎むには及ばない。むしろその死を憫(あわ)れむべしである」と言うがごときは、自己本位の憎悪であり同情であって、我が身の生活に妨害を加うる敵者と見ての私情の流露に過ぎない。死屍に鞭つのを不道徳とするのならば、弓削道鏡は悪僧なり、足利尊氏は逆賊なりと論ずる歴史家をも責めねばなるまい。誰か国家的観念より出づる痛罵を非とせんや、我が国現行の刑法(※執筆当時の旧刑法)には左のごとき条文がある。第二百三十条の二項に、

『死者の名誉を毀損したる者は誣罔(ふもう:偽り)に出づるにあらざればこれを罰せず』

死後には、個人たる悪人を曲庇(きょくひ:道理を曲げてかばう)する必要のないことが、この条文にも現れている。そして国家が歴史伝記を尊重するゆえんは、要するに破邪顕正(はじゃけんせい:悪を滅ぼして正義を示すのだ♪)を社会的教訓の根本と見るからである。ゆえに社会に害毒を流せし悪人に対しては、大いにその死屍に鞭って、もって徹底的膺懲(ようちょう:こらしめる)の刑を加うべしである。

我輩はこのごろ、偽人の死に対する諸新聞の評言を読んで一層この感を深くした。

※河出文庫「宮武外骨 面白半分」より抜粋して注釈を加え、タイトルを産経コラムっぽく改変。

記者会見で醜態を晒して一躍お茶の間の嘲罵の的となった中川昭一・元財務大臣が死亡したそうです。私も外骨先生の上記の一文に賛同し、悪人の死屍は大いに鞭打つべきだと思いますので、あの世の中川(酒)氏にはこの言葉を贈りましょう。

死もまた、社会奉仕(晩節を汚した維新の元勲、山縣有朋の死を評した石橋湛山の言葉)

追記:総務省行政管理局の法令データ提供システムで調べてみたところ、名誉毀損は今でも刑法第二百三十条でした(現行の刑法も基本的には大日本帝国の刑法を引き継いでいるので当然といえば当然ですが)。現行の刑法第二百三十条の条文は以下の通りです(強調はあぐりこら)。

第二百三十条
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
ラベル:ネタ パロディ
posted by あぐりこら at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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