2009年01月05日

「変態」が「性欲」に直結する誰かさんが一番えっちな件

新年のご挨拶を申し上げるべきところですが、昨年の初秋に祖母が亡くなりまして喪中につきご遠慮させていただきます。

さて「バカって言うヤツが一番バカなんだぞ!」は子供の口げんかの常套句ですが、ホーチンフェイ先生の駄コラム「【コラム・断】「変」な時代来る」:イザ!」についても似たようなことが言えます。ネタ元は例によってpr3さんの「黙然日記」のエントリ「産経と議員団の対馬視察、他。 - 黙然日記」です。

十二日清水寺で今年を表す漢字として「変」が大きな紙に書かれた。これを見た私は、なるほど今年は「変態」がはやったからなあ、と思ったのだが、アナウンサーの言うことは違った。アメリカの次期大統領オバマの「チェンジ(変革)」、世界的な経済「変動」、気候の「異変」のことなんだって。揮毫(きごう)した寺の僧は「政治、経済、社会を“変えて”ほしいという気持ちの表れ」と語った。

この辺はどうでもいいといえばどうでもいいのですが一つだけ。「変態」ってそんなにはやりましたっけ?ホーチンフェイ先生の駄コラムをヲチしている当方から見ると、単に先生のマイブームなだけじゃないの?という疑いを払拭できないのですが。

考えてみると、近頃は「変態」という言葉を聞かない。変態という概念がなくなってきたからだ。変態とは変態性欲(異常性欲)の略で、かつては生殖に結びつかない性行為は一括して変態と呼ばれた。八〇年代までは自分にゲイだのレズだのフェチだのSMだのの癖(へき)があることは公言できなかった。それが今じゃ雑誌やテレビで逆に人気者だ。背景には、異常なんてないのだ、変なのも個性のうちだという、それこそ異常なイデオロギーがある。

今回は辞書の定義もヘチマもなしに変態とは変態性欲(異常性欲)の略と来ました。もちろん変態には「変態性欲」以外の意味もあり、たとえば芋虫が蛹になり蛹が蝶になるのも変態ですし、氷が水になり水が水蒸気になるのも変態です(これは生物の変態と区別するために「相変態」という)。炭素が入った鋼を750℃以上に加熱した後で急に冷やして硬くする「焼き入れ」も、金属屋さんが「マルテンサイト変態」と呼ぶ相変態の一つです。この辺をスルーして一発で「変態」が「性欲」に直結するんですから、先生の思考の程度が知れるというものです(やれやれ、やっとタイトルに繋がった!)。

こういう眉唾物の蘊蓄を傾けた後で背景には、異常なんてないのだ、変なのも個性のうちだという、それこそ異常なイデオロギーがある。牽強付会にも程がある結論を持ってくるわけで、結局いつもの「私の正名論」ですね。俺みたいにまじめな読者(嘘)は同工異曲のオンパレードに食傷してるんだけどなぁ。

変態は変態でいいではないか。変態が、行政上、法律上の差別を受けたら問題だろう。なぜなら、行政や法律は近代国家の構成員に平等に適用されるべき一種のルールだからだ。しかし、ルールに定めたからといって、変態が変態でなくなるわけではない。こんな簡単な法学のイロハも分からない自称識者が多くて困る。

この辺は論理展開に飛躍が多すぎて理解に苦労します。性的少数者(ややこしいので今後本稿ではホーチンフェイ先生呼ぶところの「変態」を適宜言い換えます)が差別を受けたら問題だというのはごもっともですが、その根拠が行政や法律は近代国家の構成員に平等に適用されるべき一種のルールだからってのは何なんでしょうか。20世紀前半の近代ドイツでは、同性愛者その他の性的少数者は強制収容所に送られるという行政のルールが定められていましたけど?

その次のルールに定めたからといって、変態が変態でなくなるわけではないというのは、善意で解釈するなら、変態が変態ではないとルールに定めたからといって以下略、という意味なのでしょうが「変態が変態ではないとルールに定めたからといって、変態が変態であることに変わりはない」というトートロジーになってしまい、意味不明です。そこでさらに善意と妄想を逞しくすると、かろうじて「性的少数者を変態と呼ばわって蔑視してはならないとルールを定めたからといって、性的少数者が性的少数者でなくなるわけではない」と解釈することができます。ホーチンフェイ先生が書いたのはおそらくそういう論理で、だからこそ変態は変態でいいではないかと言っているのでしょう。しかしそれは先生が書きたかった論理ではおそらくありません。この文で書かれるところの「変態」は、性的少数者に対する(ホーチンフェイ先生的には)ニュートラルな呼称であると同時に、さらにはその人たちに対する蔑称をも意味しているわけです。こういうダブルミーニングはすこぶるわかりにくいので、文学的修辞を弄したいのでなければ能う限り避けるべきというのが簡単な物書きのイロハなのですが、そこはそれ、中華人民共和国に対する「シナ」やアイヌに対する「旧土人」を正当化する「私の正名論」のホーチンフェイ先生の書くことですから、勿論これからも性的少数者を「変態」と呼ばわって蔑視してもいいのだという意図を込めて故意に書いていることは明らかです。

世間は不景気ですが、ホーチンフェイ先生の痴的能力はsustainableな右肩上がりの成長を続けている模様で、まことに喜ばしく思います。当ブログでは今年も、駄コラムを書き散らすホーチンフェイ先生や電波な発言を繰り返すクソ知事閣下など、死ななきゃ治らないバカに対して「いっぺん死ね」とツッコミを入れていく所存ですので、なにとぞ旧年と変わらぬご愛顧のほどをお願いいたします。

posted by あぐりこら at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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